平成30年の著作権法改正で「授業目的公衆送信補償金」ができたときに、何だかなーと感じていた。

これによって、予習復習用に授業以外の機会に生徒の端末に他人の著作物を使った教材を送ったり、授業をオンデマンド配信したりを、比較的簡単な手続きでできるようになったのは確かだ。

ところが先日、教員をしているある大学から具体的な書類がきて、補償金制度は長期的には悪手だったのではないかとの思いを強くしている。

【引用等の例外を忘れさせたいのか】

送られてきたのはまず、授業目的公衆送信補償金管理協会(SARTRAS)が作った「「授業目的公衆送信補償金制度」の概要」というPDF。それから、利用報告書のエクセルフォーマット。

同補償金制度があったとしても、著作物を従来通りの引用としてオンデマンド授業で使うことはできる。とくに大学の授業ではそういう場面は多いだろう。なのに、上記PDFでは引用については、3頁目の下の方に

その他、著作権法32条(引用)や著作権法38条(非営利無償の上映・演奏)など35条とは異なる条文が適用になってOKとなる場合があります。

と、目立たないように小さく書いてある。

引用等の例外が生きていることを、あまり知らせたくないようにもみえる。

これでは、引用等にあたる利用も届けなければならないのかと錯覚してしまう。

つぎのことは覚えておかなければならない。

正当な引用であるならば、授業で公衆送信をしても補償金を支払う必要はない。

【補償金の負担が日本の教育のデフォルトになる?】

その利用報告書には、授業科目名、履修者等の人数、著作物の入手・掲載元の分類、著作物の入手・掲載元名(書籍名、サイト名等)、著作物名・タイトル、著作者名、発行・制作元・URL、発行・発売時期、利用した箇所・分量、個別の製品番号など、を利用した著作物ごとに書くようになっている。

報告書の提出は、年度末とSARTRASが指定する月の年2回。これは、授業者にとってはそうとうな手間になる。ただでさえも忙しい小中学校の先生に、こうした書式を埋めろというのか。たとえば国語なら、授業熱心な先生であるほど、教科書の作品とほかの作品を比較させるような授業をしている。新聞記事を読ませる授業も対象になる。こんな手間が増えるなら、著作物を使った凝った授業の予習復習教材を配信をしたり、オンデマンドで授業をしたりするのはやめようと思うかもしれない。

(補足:普段の教材は教室で使える前提で作ってるから、それを改めて申請するにはソースを調べ直す、ソースのわかるもので教材を作り直すなどが必要になる。)

さて、その補償金額だが、ひとりあたり年額で、小学校120円、中学校180円、高校420円、大学720円である(都度払いの場合は1回の利用につき10円×履修者数)。ひとりあたりならばそんなに多額ではないが、保護者や学生本人(2021.4.9追記:あるいは公費)の負担は確実に増える。それを仮に児童・生徒・学生から徴収するとなると、それだけの手間と人件費がかかる。転校に伴う返金、転校先での再集金も必要かもしれない。保護者や学生が個別に負担しないならば、学校が払うのか、公立の小中ならば義務教育無償の原則により税金から出すのか。児童・生徒・学生の全員分を学校が出すとなると、それなりの金額になるだろう。(今年度まではコロナ特例で徴収されていない)(2021.4.9追記:当面は公費負担が見込まれているようだ)

考えてほしいのは、コロナ後においても、オンデマンドを含むリモートの併用や教材の配信がスタンダードになるだろうことである。それに伴い、補償金の負担が日本の教育のデフォルトになることが考えられる。そうして義務教育のために補償金がかかりつづけることをどう考えるのかだ。

授業に使ってもらえるのならば、これまで通り補償金などいらないと考える権利者もいるだろう。そういう個々の権利者の意向は、まったく無視される。

【補償金がどこまで分配されるのか】

さて、そのようにして集められた補償金は、著作権者にどこまで分配されるのだろうか?

まず、補償金収入の何割かは共通目的基金に組み込まれる。残りが分配され、SARTRASの手数料は10%以内のようだ。音楽のように分配業務受託団体があればそこを通して著作権者に分配されるようだ。大学教員のように団体がなければ、作るように支援するらしい。当然、そこでも手数料が取られる。

頻繁に使われる有名作家・文化人の作品ならともかく、ごく少ない利用実績しかない著作権者にも分配しようとすると、まず費用倒れになるだろう。そもそも、著作権がつづいているかどうか、また権利者の連絡先もわからず、調査が必要なことが多いだろう。分配できない補償金は、個々には少額でも、足し合わせるとある程度になるだろう。それはどこかの団体の内部に留保されるのだろうか?(ちなみに、SARTRASの役員には、文化庁の著作権関係審議会でおなじみの名前が並んでいる。)(2021/3/21補足:JASRAC方式では、零細な著作者には分配されず、利用の多い著作者だけで「山分け」しているようだ。)

ためしに、利用報告書に自分の著作物を書いたら、補償金が入るのだろうか? もし自作だと補償金をもらえないのなら、仲間の先生とバーターで互いの著作物を使いあうとか。そんなことがあるのなら、大学の先生などにはお小遣い稼ぎの手段になるのだろうか。試してみたいものだ(やらないと思うが)。

【図書館資料のメール送信にも補償金がかかりそうだが】

さて、今国会では図書館資料のメール送信を認める(いまは郵送のみでファックスも不可)代わりに補償金を課す法改正が審議されようとしている

いまでもコピーと郵送の実費はかかるので、それくらいの負担で迅速にPDFが届くならいい。しかし、改正案では「権利者の逸失利益を補填できるだけの水準とする想定」とある。

つまり、コピーと郵送の実費程度よりは高くなりそうだ。

そうならば、急がないならば従来通り紙でコピーを取り寄せて自分でスキャンしようと、少なくないひとが考えるだろう。そうすればコピーガード的なものもかからないし、利用者情報を埋め込まれることもない。

せっかく法改正しても、そのメリットが十分に活かされない、残念なことになりはしないか。