NHK朝ドラ「ブギウギ」2024年2月8日放送の第90回で、「東京ブギウギ」の作詞家を「鈴木ちゃん」と呼ぶセリフが唐突に出て、ちょっとした話題になっている。

「鈴木ちゃん」とは、「東京ブギウギ」の作詞家として登録されている「鈴木勝」のことだろう。その鈴木勝が世界的な仏教学者の鈴木大拙の養子だったことも、いまやかなり知られるところになっている。

筆者は当初、作詞家のことはドラマでは一切触れられないだろうと予想していた。勝は破天荒といえる人生を歩んだひとなので、朝ドラ向きではないと思うからだ。それにもかかわらず「鈴木」の名を出したのは、作詞家に対する制作側のリスペクトの表明だと受け取った。

「東京ブギウギ」レコーディング時にスタジオに進駐軍を連れてきたのは、ドラマでは山下になっていたが、史実ではその「鈴木ちゃん」だった。おそらく通訳として進駐軍と関わりをもっていた鈴木勝が、日本コロムビアの隣にあった進駐軍下士官クラブから軍人を連れてきてしまったのだ。

ここで第90回の放送から、「鈴木ちゃん」についての羽鳥善一(草彅剛、モデルは服部良一)のセリフを考察してみよう。

羽鳥:それに、この鈴木ちゃんの詞はどうだい? ぼくの曲を聴いて、10分でこの詞を書きやがったんだ。まったくあの野郎は、めんどくさいやつだと思っていたけど、最高にイカしてるよ。

 

羽鳥:鈴木ちゃん知っているだろう? やつが面白いものを書いてくれたんだ。どうだい、みてくれよ。思わずぼくスイングしちゃったよ。

スズ子:あーありがとうございます。鈴木さんは存じあげまへんけど。

羽鳥:そうだっけ? 何度も会ってるよ。あの牛乳瓶みたいな眼鏡の。

鈴木勝が「10分で詞を書いた」というのが事実かどうかは知らない。楽譜を読めない勝のために、当時つきあっていた歌手の池真理子がピアノを弾いて詞を作り、最終的には服部が手直ししたと服部の自伝にある。

「あの野郎は、めんどくさいやつ」「最高にイカしてる」については、鈴木勝の実像はセリフの通りだったとみている。どんなふうに「めんどくさいやつ」で「イカして」いたかは、拙著『東京ブギウギと鈴木大拙』をご覧ください

「鈴木ちゃん知っているだろう?……何度も会ってるよ」は、そんな人物は第90回までには登場していない。史実をいうと、コロムビアの専属だった笠置シヅ子と、当時コロムビアに出入りしていた鈴木勝が知り合いだった可能性は高い。したがって、これはドラマ内設定ではなく、史実に暗に言及したものと思える。

「あの牛乳瓶みたいな眼鏡の」は、鈴木勝の実像とはまるでちがう。勝はいわゆる「ハーフ」のイケメンで超モテ男だった。牛乳瓶のような眼鏡をしていたという記録を、筆者は知らない。度の強い眼鏡は父の大拙のイメージに近い。なぜ制作サイドは「鈴木」という一般的な名字だけ出して下の名前には触れず、風貌を勝よりも大拙に近づけて表現したのだろうか。

鈴木勝:「アサヒグラフ」1949年2月9日号より

ここからはまったくの邪推だが、何らかの理由で勝のアイデンティティーをあいまいにする判断をしたのだろう。名字だけにすることでそのモデルをぼかし、大拙のイメージに近づけることでその人物が大拙と関係があることを、におわせたのではないだろうか。

さて、これだけの伏線を張ったのだから、今後の展開で「鈴木ちゃん」は登場するのだろうか。やはり、名前だけ出ておしまいのような気がする。

第91回の「東京ブギウギ」歌唱シーンは、山本嘉次郎監督「春の饗宴」(1947年)の一場面に寄せていることがうかがえる。「スズ子」の衣装とダンスが笠置のものとよく似ている。「春の饗宴」はパブリック・ドメインと考えられ、該当シーンがYoutubeにあがっている。ちなみに、第1回放送での歌唱シーンフルバージョンNHK公式配信はこちら。

最後に、鈴木勝と大拙のことが、筆者も関わって、名取事務所さんによって下北沢で舞台化されたことがあることを紹介しておく。劇評はこちら