遅々として進まぬ、研究利用の審議

2月21日に、researchmap登録者に対して、文化庁の「研究目的での著作物利用に関するニーズ調査アンケート」というものが来た。一般財団法人ソフトウェア情報センターが調査を受託したようだ。

著作物の研究目的利用については、2018-19年の違法ダウンロード対象拡大の議論のときに問題提起されていたが、ここ2年ほど審議会での議論がほとんど進んでいなかった。

今回、大規模な調査をしてニーズを把握しようとしているのは評価できるかが、上記アンケートには「?」と思わざるをえないことがいくつもある。

このアンケートは研究利用のニーズを拾えるか

まず、調査の範囲をどこまで広げているのかわからないが、研究者とはresearchmapに登録されている者だと考えているのならば、そもそもズレている。researchmapに載っていないが、優れた研究をしているひとはゴマンといるし、だいいち、いま初めて論文を書いているひとや、学生・院生、研究機関に属さない市民だって研究目的で著作物を利用する。

さて、そのアンケート、Macをサポート外にしているのは目をつぶるにしても、けっこう時間がかかる(サイトには3〜15分とあるが、考えながらまじめに答えていると15分で終わるかどうか)。大学の研究者はまだまだ忙しい時期なのに、期限が28日までの1週間というのは酷だ。しかも、途中まで入力したまま熟考するためにおいておくと、タイムアウトでそれまでの入力がすべて消えてしまう。前の設問に戻って回答し直そうとすると、やはり全部消える。

質問は、所属機関の種類などを聞いたあと、「引用」をしたことがあるかと聞いてくる。「引用」しない研究など、研究論文の体をなさないという常識がないようだ。

つづいて聞かれるのが、利用した他人の著作物の種類を、「文章」「写真・画像」「音楽」「映像」「美術」「図面・図表」「プログラム」「データ」「その他」の区分で聞かれる。つづいて、利用の様態として「記録して配布した」「ネットで配信した」「スクリーンに投影した」、それらについてそのまま利用したか、表現を変えたかなどを細かく聞かれる。ある程度の年数、研究者をしていると、これらのことはたいていしているので、こういう区分をして聞くのは法律中心の論理であり、ユーザーフレンドリーな設問ではない。

つぎに聞かれるのが、利用した他人の著作物の分量について、最も当てはまるものはどれか、「70〜100%」「30〜70%」「0〜30%」で答える。これは答えようがない。文章なら30%以下だし、写真ならトリミングしない限り100%である。「最も当てはまる」といえるものはない。

つづいて、よく利用する著作物の種類それぞれについて、利用した際に困ったこと、気になったことを、あらかじめ用意された選択肢から選ぶ。さらに権利者から許諾を得ようとしたか、その理由、そのときの経験(スムーズに許諾を得られたとか、問い合わせても返事がなかったとか)を、たくさんある選択肢から選ぶ。

つづいて、学会発表等の場での、そしてその他の場合での他人の著作物の利用について、それぞれ上記と同様の設問が繰り返される。

おなじような設問を繰り返し聞かれるので、自分がいま何について答えているのか、よほど注意していないと混乱する。

そこそこの年数研究者をしている経験からいうと、著作物の研究利用に対するニーズは著作物の種類によってではなく、研究のフェーズによる違いのほうがずっと大きい。このアンケートの設計者は、おそらく学術研究、とくに人文系の研究をしたことがないのだろう。

本当にあるニーズは

個人的な経験でいうと、研究の構想を練る段階では、著作物の私的使用と区別することができない。私的使用の例外で集めていたものが、ある時期、研究対象になると気がつく。するとそこから先は私的使用の例外が適用されなくなり、できていたことが許されなくなる矛盾をどうしてくれるのか。

他のどこにもないような資料が、私的複製としてしか残っていないケースだってある。それを研究目的で利用することを、法的に担保してほしい。資料がVHSなどすでに機器の入手が困難なものでも、研究目的だと複製することが認められないのも何とかならないのか。

掲載に許諾が必要な図版などの許諾を求めようにも、権利者たる会社がすでに存在しないこともある。

現代は講演をネット配信するのが当たり前になっている。著作物利用でも公衆送信になると途端に権利のハードルが上がるのを何とかしてほしい。

書影やDVDなどのジャケット、論述対象になっている文化人の写真など、引用とはいえないが著作権者の利益を不当に害さない利用については、心配なくできるようにしてほしい。

第60条(著作者が存しなくなつた後における人格的利益の保護)は、第59条(著作者人格権の一身専属性)と矛盾している。何が当該著作者の意であるのかは当人にしかわからないことで、遺族だからといって代弁できるものではない。この条項により物故者の日記・手紙などが公表されず、研究が進まないことがある。

そういったニーズがたくさんあるのに、このアンケートではそれらを拾えないだろうと思う。

2022/7/22追記 文化審議会著作権分科会法制度小委員会でのアンケート結果報告書はこちら